25番の由来

 


私には、かつて 『25番』 と呼ばれていた時代がありました。
ニックネームとか、そう言うんじゃなくて名前としてです。(写真の鉄帽の数字)
習志野空挺団 基本降下過程の訓練生時代の事です。

私にとって、3ヵ月+1ヵ月の根性試し?でした。訓練は大変に厳しく、北海道から
志願した私を含めた6名の内、最後まで残ってバッチを胸に着けたのは、2名だけ
でした。もっとも、バッチを貰って部隊配属になってからが、一番辛かったのですが。

訓練生時代は「25番?ふざけんな!オレは囚人じゃねえ!」などと、ブーたれて
ましたが(もちろん陰で)着地訓練などで、「25番!一回目!」 とか、「25番!」
と呼ばれて「25番!」と応えている内に、だんだん好きになっちゃいました(笑)。
誕生日も25日だし・・・何かに付けて 『 25 』 なのは、そう言った理由からです。

この写真は、初降下の直前に撮った記念?写真です。親指立ててカッコつけてる
割に、顔ひきつってます。部隊では本来、こう言ったスナップ写真の類は禁止
(カメラ携帯不可)なのですが「もし不開傘で死んだ時、葬儀に使うから・・・」
だそうです。(マジ?)ですから、この写真は、代わる代わるで全員が撮り、そして
現像された写真は白黒でした・・・・・(葬儀では黒枠で囲ってハイ!完成!?)

後ろの飛行機はC‐1輸送機。私が初めて飛び降りた(笑)飛行機です。今でも
現役で飛んでるんだろうか?機体番号が025だったらバッチリだったのにな〜
・・・・・・・惜しい!



注意!
上記文中の訓練模様は20年近く昔の、私の個人的体験談です。現在の自衛隊
(空挺団)のそれとは、相違があるかもしれません。 したがって、参考等には
なさらないでください。


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